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愛媛の航空
ブックカバー
郷土の航空人が織り成した
愛媛の空の物語―。
日本の飛行機の父・二宮忠八から現在までの愛媛の航空の歴史をまとめた1冊。
明治時代、ライト兄弟の初飛行に先駆けて飛行機の研究をしていた八幡浜出身の二宮忠八。日本本土随一の空戦部隊として活躍した松山海軍航空隊。戦後の松山空港開港から、中四国初のジェット機乗り入れ、2006年の松山―上海便の就航まで、郷土の航空人たちが織り成した1世紀余りにわたる愛媛県の航空の歴史をつづっている。
著者は、自ら陸軍パイロットとして従軍、交戦負傷した経験を持つ高田英夫氏(松山市在住)。
付録に、愛媛県ゆかりの航空人の一覧を掲載するなど、充実した内容となっている。
書名 愛媛の航空
高田英夫
価格 1,728 円(税込)
体裁等 2007年03月 刊行
ISBN978-4-86087-058-4 C0065
プロフィール
高田 英夫(たかた・ひでお)
大正12(1923)年10月23日、松山市に生まれる。番町小学校、松山中学校を経て、昭和18(1943)年9月20日、山口高等商業学校支那課を卒業。
陸軍特別操縦見習士官として太刀洗陸軍飛行学校に入隊し、操縦訓練を受けて中国大陸北部の航空隊に赴任。同19年11月14日に米軍のP51戦闘機と交戦して負傷、陸軍病院に入院した。
昭和21年に復員、同23年8月31日、新設された松山商業高等学校定時制の教師となる。昭和58年からは済美高等学校に赴任し、同63年退職。
主な著書に『陸軍特別操縦見習士官よもやま物語』(光人社)、『大街道あれこれ物語』。
主な内容
はじめに

第1部 初の動力飛行から大正末期まで
日本航空界のパイオニア、二宮忠八/初の日本人飛行士、近藤元久/海軍航空隊の生みの親、山路一善中将/柳原極堂の飛行大会/水野広徳大佐の「日米非戦論」/海軍航空殉職第1号、安達東三郎大尉/アート・スミスの宙返り冒険飛行/2人で交代して四国1周飛行/大本営の航空幕僚、山本親雄少将/女性飛行家第1号、兵頭精/飛行機の献納運動/愛媛民間人の郷土訪問飛行、曾根定丸/愛媛飛行練習所の西松唯一/昭和5年の航空年鑑で愛媛県人は26人/田中勘兵衛の世界記録/海軍初の飛行艇誕生に関与した永尾菊市郎

第2部 昭和初期から太平洋戦争前夜まで
飛行隊の発達/昭和の初期から大戦にかけての操縦士/梅津寺の飛行場/国境の警備飛行に当たった藤田武明/鈴木友茂のローマ訪問飛行/夜間郵便飛行の最初の犠牲者、鶴原貞一/海外空輸のフェリー・パイロット、清水千波/九七式戦闘機の神様、榊定行/愛媛県警のヘリコプター購入に尽力した渡辺進/ノモンハンの上空で戦死、生駒正幸大尉/翼の結氷の研究の犠牲、井上要大尉

第3部 愛媛から飛び立った海鷲、陸鷲たち
従兄弟で真珠湾攻撃、吉川猛夫と吉川啓次郎/真珠湾で不時着、西開地重徳一飛曹/航空規格の統一、松浦四郎/新司偵の隊長、青木秀夫/艦上爆撃機の隊長、高橋定少佐/不敗の戦闘機、磯崎千利大尉/陸軍の「エース」、河本幸喜中佐/陸海軍の航空に捧げた二神3兄弟/加藤戦隊の相原彪夫大尉/ギルバート諸島沖の海空戦の宮河正保中尉/新司偵の大活躍、吉井喜水大尉と安田岳彦中尉/新司偵から最新のFSXまで、池田研爾/海軍随一の航法の名手、古茂田蓮三飛曹長/第204戦隊の永井勝大尉/爆撃機隊の関家正俊大尉/艦載機の日本本土空襲迎撃に散った泉茂美飛曹長/自分の墓参りをした土居万寿雄一飛曹/特攻の関行男中佐と下命する玉井浅一司令の苦衷/特別攻撃隊について/靖国神社の「遊就館」に光る遺品、海田茂雄大尉/戦果を挙げた特攻機、野本幸平大尉/精鋭の母艦搭乗員の技量

第4部 松山海軍航空基地と第601航空隊
吉田浜の松山飛行場/松山海軍航空隊/601航空隊の発令と編成/天山雷撃隊の事故/格納庫の火災事故/601空の出撃、空母4隻に分乗/生石国民学校での講演と3つの部隊長の兼務/最大の空母「信濃」の沈没と「K部隊」作戦の中止/601空最後の戦闘機隊/方向舵が破損したまま着陸/肥田隊の猛訓練の開始/さらば松山基地/小松乗員養成所

第5部 第343航空隊の活躍
各隊より精鋭が集合/343空の編成と源田司令の決心/使用機と整備の苦労/決戦の時至る/敵機動部隊を発見/全機発進!/攻撃開始/敵も驚く大戦果/高田偵察機の奮戦/その後の343航空隊/源田司令の声望/戦後の活躍/引き揚げられた紫電改

第6部 松山基地最後の航空隊
第11偵察飛行隊(翔)の着任/松山基地に着任の奇遇/念願の郷土訪問飛行/切り抜けた離陸事故/雲間の敵空母/広島に原爆投下/最後の索敵飛行/石手基地の特攻隊

第7部 「松山空港」が開港
敗戦後の松山基地と航空隊/松山飛行場の存続問題と愛媛航空協会/松山飛行場の確保とグライダーの飛行学校/魚群探索飛行/極東航空の大阪―松山間の運行開始/乗客確保に啓蒙作戦/近距離航空の悩み/松山―東京間の直通航路の開設/YS−11が松山空港沖に墜落/滑走路の整備で第1次空港整備5カ年計画が終了/新居浜の水上空港

第8部 発展する松山空港
松山空港ターミナルビルの開業/次々と設備を充実/ジェット化で輸送力向上/騒音の特定指令問題/国際線でチャーター便1番機/新ターミナルビルの完成/国内初のボーイング767型機の就航/続々と路線拡大/日本航空の東京定期便の就航

第9部 平成時代の松山空港
空港利用時間の延長/滑走路の延長と新松山空港のオープン/全国各地への新路線が開通/YS−11の引退/国際線ビルの完成/初の国際定期航路の就航/松山空港の乗降客数の推移

番外編 愛媛県内の自家用機の発達
愛媛航空株式会社

資料編
海軍兵学校出身の海鷲たち/陸軍士官学校出身の陸鷲たち/松山中学校出身の航空群像/海軍予科練習生の航空群像/海軍飛行予科練習生/海軍甲種飛行予科練習生/海軍乙種飛行予科練習生/海軍丙種操縦練習生/陸軍少年飛行兵/愛媛出身の特別攻撃隊隊員/戦後活躍した主なパイロットたち

おわりに
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