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今に生きる「もてなしの心」 松山・ロシア人墓地保存一〇〇年
ブックカバー
松山に捕虜がやってきた――
日露戦争から始まった百年の物語
日露戦争が始まった明治37(1904)年、松山の捕虜収容所に連れてこられたロシア人捕虜たちを迎えたのは、松山の人々の「もてなしの心」。彼らは道後温泉入浴や買い物などの自由な行動を許され、「マツヤマ」は他の収容所のロシア人捕虜にとって憧れの地となったのだ。
一方で、負傷兵が多く運び込まれた松山では献身的な看護も及ばず98人の捕虜が命を落とし、“ロシア人墓地”に手厚く葬られた。長い年月を経て、墓地は一時荒れ果ててしまうが、立派な姿に蘇らせようと松山市民の「もてなしの心」が再び立ち上がった――。
ロシア人墓地保存会長の京口和雄氏が、当時の松山や捕虜たちの様子、ロシア人墓地の保存活動の足跡を克明につづっている。
書名 今に生きる「もてなしの心」 松山・ロシア人墓地保存一〇〇年
京口和雄(著)
価格 1,512 円(税込)
体裁等 2006年07月 刊行
ISBN4-86087-050-6 C0021
主な内容
第1章 日露戦争当時の松山

第2章 日露戦争勃発と、捕虜の受け入れ地・松山

第3章 いよいよ捕虜兵がやって来る

第4章 松山捕虜収容所の傷病兵の生活

第5章 負傷兵と健康捕虜兵の生活の違い

第6章 捕虜兵の死亡とロシア人墓地の誕生

第7章 V・A・ボイスマン海軍大佐

第8章 ロシア墓地の歴史

第9章 勝山中学校生徒会とロシア人墓地

第10章 海洋作家ビタリー・グザーノフ氏

第11章 胸像受け入れ準備委員会の活動

第12章 胸像の寄贈を確認するため、ロシア国を訪問

第13章 胸像「日・露友好のかけ橋」建立記念除幕式

第14章 ロシア兵の墓標板の新設

第15章 ロシア大使館から新碑銘板を寄贈

第16章 ロシア人墓地墓標建立100年記念祭
プロフィール
京口 和雄 (きょうぐち・としお)
1933年、愛媛県八幡浜市保内町喜木津生まれ。愛媛大学教育学部卒業後、国公立小・中学校教諭。愛媛県教育研究所所員、県教育委員会指導主事、愛媛大学教育学部附属中学校副校長、公立中学校長、最後は松山市立勝山中学校長で退職。校長在任中にロシア人墓地保存会長となり、現在に至る。
主な著書『心と体に汗する教育』(自費出版)『愛媛陸上競技50周年史』(愛媛陸上競技協会)等
主な共著『続・日本のなかのロシア』(東洋書店)『マツヤマの記憶』(成文社)等
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