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モスタルの石橋 ―安井伸の軌跡―
ブックカバー
ボスニア紛争の激戦地で若者たちの架け橋に
26歳で事故死した松山出身の青年の記録
1990年代前半。ムスリム人、クロアチア人、セルビア人が宗教、民族の壁を越えて共存していた理想国家、ボスニア・ヘルツェゴビナは、旧ユーゴの崩壊後、紛争の地と化し、欧州では第二次世界大戦後最悪ともいわれる20万人の死者と200万人の難民を出した。
1995年のデイトン和平条約により紛争は終息したが、人々の心には今もなお、深い傷が残る。
愛媛県松山市出身の青年、安井伸はそのボスニアに入り、現地の若者たちを対象に教育文化活動に取り組んだ。特に激戦地、モスタルでは、東西に分断され、互いに憎しみ合っていた若者たちの架け橋となった。伸の世界平和を願う心と行動は、多くの人々の心を動かした。しかし、1998年6月29日、伸は旅先で事故に遭い志半ばで突然、世を去った。26歳だった。
そんな安井伸が駆け抜けた26年の軌跡をまとめたのが本書である。時には迷いながらも信念を貫き通した行動、両親への手紙、積極的にアメリカの大学新聞などに発表したレポート。ボスニアの青少年と心を通わせた人間の姿がそこにある。
戦火の絶えることのない世の中だからこそ、多くの人に読んでほしい1冊である。
書名 モスタルの石橋 ―安井伸の軌跡―
愛媛新聞メディアセンター(編)
価格 1,620 円(税込)
体裁等 2004年06月 刊行
ISBN4-86087-022-0 C0023
主な内容
第1章 駆け抜けた26年 安井伸 評伝  西原博之
 伸が残した手紙やレポート、家族、友人知人たちの話を元にまとめた評伝
    一人遊びのスペシャリスト
    ビートルズを聴く小学生
    自分のはしを持ち歩く
    イギリスからアメリカへ
    留学生活の始まり
    ジャーナリズムへのあこがれ
    東欧への衝動
    色褪せたジャーナリストへの夢
    ムラディモストの家で
    日本人・安井伸
    モスタルの橋の下で

第2章 手紙 安井伸とSHIN YASUI
 伸が渡米した1990年から1998年までの家族にあてた手紙

第3章 伸の残した足跡 レポート
 「クロアチア訪問記」(1993年9月20日)
  オレゴン大学の校内新聞「オレゴン・デイリー・エメラルド」紙に発表
 「ボスニア・ヘルツェゴビナに期待すること」(1994年11月)
  オレゴン大学の友人たちと創り、自ら代表も務めた世界平和のための
  委員会へのレポート

第4章 伸への手紙
 両親と友人、知人たちの現在の心境を綴った伸への手紙
安井 伸 (やすい・しん) プロフィール
1972年2月8日愛媛県松山市生まれ。愛媛県立松山東高校卒業後、渡米。ニューヨーク州立大学バッファロー校、ユタ州立大学を経て、91年オレゴン大学へ編入。大学の講義をきっかけに内戦の続くボスニア・ヘルツェゴビナに目を向ける。大学の仲間と「ボスニア・ヘルツェゴビナのための委員会」(後に、「世界平和のための委員会」と改名)を設立。ボスニアとアメリカを行き来しながら、講演活動、物資等の支援活動に取り組む。大学卒業後の96年、ドイツのNGO団体ムラディモストのプロジェクトに参加。青少年の教育文化的活動を行う。その後いくつかのNGO団体での活動を経て98年、ERRC(欧米人権ロマセンター)で調査活動に従事。同年6月29日、旅行先のオーストリア・ザルツブルグで交通事故により死去した。享年26歳。
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